1ヶ月以上前、コメントの中で、『戦没軍人や処刑されたA級戦犯を、英霊として顕彰することが、日本の国家のあり方として正ししくないとする、根拠』について後日書くと約束しましたが、今まで、延び延びになっていました。当たり前のことを書いても面白くないので、奇抜な書き方ができないものかと思案していました。しかし、英霊として顕彰することが、正しくないのは、多くの人にとってほとんど自明なことだと思います。このため、どのように考えても、普通の考えしか浮かびません。あまりにも、当たり前のことを、まことしやかに書くことは、なかなか難しいことです。このため、引用を主体として、論を組み立ててみました。
1)大東亜共栄圏とは何か
日本政府は、太平洋戦争を追行するに当たって、大東亜共栄圏の建設というスローガンをかかげました。
大東亜共栄圏とはいったい何だったのでしょう。現在、日本における一つの公正中立な見解を示します。
日本政府は,アジアの諸民族の協力を取りつけるため,日本が後おしする「満州国」などの政権の代表をまねいて,大東 亜会議を開きました。この会議では,英米の植民地支配からアジアを解放することが宣言されました。
しかし,このようなスローガンには説得力がありませんでした。アジア人のアジアをかかげながら,アジアの大国,中国とは長い間,戦争状態にありました。それに,植民地支配からの解放をいいながら,日本自身が朝鮮・台湾を手ばなそうとはしなかったからです。
また,日本軍による悪政も,「共栄」のスローガンを台なしにしました。シンガポールでは,抗日的とみなされた中国系住民の大量処刑がおこなわれました。ビルマ(現在のミャンマー)とタイを結ぶ泰緬鉄道の建設では,多くの捕虜や各地の労務者がひどい労働条件のもとで働かされ,数万人が死にました。フィリピンでは降伏したアメリカ軍とフィリピン軍の捕虜を炎天下の過酷な行進で多数死なせています(パターン死の行進)。中国では捕虜にした中国兵を,その場で殺害してしまう場合もありました。
日本国内の労働力不足をおぎなうため,朝鮮や中国の占領地からは,多くの人々が内地に強制的につれていかれました。強制連行された朝鮮人の数は約70万人,中国人の数は4万人とされています。また,軍の要請によって,日本軍兵士のために朝鮮などアジアの各地から若い女性が集められ,戦場に送られました。「大東亜共栄圏」はたんなる宣伝のためのスローガンにすぎなかったのです。
2)アジアへの侵略に関する、日本国の公式見解
かつて、大東亜戦争と称した戦争、あるいはその前の支那事変などは、アジアに対する侵略であったことが、政府見解でも明らかにされており、この評価は、日本国として、ほぼ確立したものです。さらに、過去の行為に対して、責任を痛感し、深く反省することが、明らかにされています。
何回か取り上げたことがありますが、『戦後五十周年、村山総理談話』、『戦後六十周年、小泉総理談話』『1972年、日中共同声明』から、侵略を謝罪している部分を掲載します。
戦後五十周年、村山総理談話から
いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで 、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多く の国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべ くもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。 また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
戦後六十周年、小泉総理談話から
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